リハビリテーションにおける塗り絵の効果
塗り絵は、字が書けない小さな幼児から高齢者まで気軽に行える作業活動です。塗り絵は、クレヨンや色鉛筆、絵の具などを用いて、大きく塗ったり細かく塗ったり、自分のペースで取り組むことができるため、リハビリテーションの1つとして行われています。上肢や手指の巧緻性改善や、認知機能改善、また、注意集中を持続させるため、リラクゼーションを図るためなど、様々な目的で行われています。今回は、リハビリテーションの1つとして行われる塗り絵の効果についてご紹介します。
塗り絵による脳の働きと効果
塗り絵は内容を工夫することにより、脳を広範囲に活性化する可能性が示されています。視覚を用いて絵を認識する際には後頭葉が働きます。絵を見て、これまでの自分の経験から色や形を詳細に思い出し、色を選択するには側頭葉が働きます。それらの情報を前頭連合野で統合し、実際に絵の具を選び、筆を握り、思った通りに手を動かして着色していく過程では運動野が働きます。塗り絵のような手指を使った細やかな作業は、特に前頭野の血流を増大させるため、脳血管疾患患者や認知症患者、高齢者に効果があるといわれています。
また、塗り絵は対象者の潜在的な能力を引き出し、塗り絵を進める過程の中で、自分で判断し選択することで感情を表出できる効果があるとされています1)。言葉ではうまく自分の気持ちを伝えられない人でも、塗り絵を通して感情を表現することができるケースもあります。また、何の絵かを認識し、全体の構成を判断する、適切に道具を使うことが求められ、高次能機能障害や、精神疾患のケースのリハビリテーションとしても効果的です。
塗り絵の活用方法
塗り絵には、単純な形を単色で塗るだけのものから、美しい風景など、複数の色や線が複雑に構成されたものまであります。簡単なものだと、バカにされた気分になり作業を拒否するケースもある一方、能力以上に難しいと最後まで遂行できず、自己効力感を低下させてしまいます。対象者の上肢、手指の機能や作業遂行能力、脳機能などから、適した塗り絵を選択しましょう。複雑な課題を遂行できるケースには、「大人の塗り絵」など市販されているものを使ったり、インターネットで、無料で入手できるものもあるので上手に活用してみましょう。「大人の塗り絵」は、最後まで遂行できると絵画のような出来上がりになり達成感のあるものになります。ある程度、能力のある方には、塗り絵だけでなく、物を見ながら、または自由に絵を書いてもらい、その絵を塗ってもらうことも効果的です。出来上がった作品は、みんなで褒めてあげると、さらに意欲が向上し自己効力感の向上につながります。楽しく行える範囲で取り組むことが、長く継続させて効果を高めるコツです。嫌々やっても、それがストレスになり逆効果になります。
軽度認知障害への効果
軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)は、認知症と加齢に伴う認知機能低下との境界の状態です。MCIは、記憶障害など認知機能のうち1つの機能に問題が生じているが、日常生活には支障のない状態のことを言います。認知機能の低下は、脳血流量の低下が関係しているため、塗り絵を行い、脳を働かせることはMCIの改善につながります。塗り絵などのアクティビティや作業療法が発展して、認知症疾患における絵画療法もあります。また、過去の記憶や心に残る思い出を語り合い、整理する回想法と塗り絵を組み合わせた「思い出塗り絵」が、認知症患者を対象としたリハビリテーションプログラムとして使用されています2)。若森3)は、MCI高齢者と健常高齢者において、塗り絵を実施することにより、活気や意欲が上昇し、緊張-不安、抑うつ、怒り-敵意、疲労、混乱が低下したと報告しています。
さいごに
今回は、リハビリテーションにおける塗り絵の効果をご紹介しました。対象者のこれまでの生活や性格、興味のあるものを把握した上で、塗り絵を実施しましょう。作業の押しつけにならないよう注意し、楽しみながら行うのが、長く続けるコツです。中には、塗り絵でなく他の活動が合う方もいらっしゃるかもしれません。普段、基本的な日常生活動作だけでなく、このような創作活動を取り入れることは脳の活性化につながり、認知症予防にも効果的です。上手にリハビリテーションの中に取り入れましょう。
(参考文献)
1.宇野正威.認知症の非薬物療法芸術療法―美術療法と音楽療法―.老年精神医学雑.17(7);749-75,2006.
2.田中宏明,芳賀大輔,他.「思い出塗り絵」が軽度認知症患者の認知機能、心理機能、及び日常生活面に与える効果. Journal of rehabilitation and health sciences. 7;39-42,2009.
3.若森孝彰.高齢者ケアにおける塗り絵活動の効果.吉備国際大学大学院臨床心理学研究科修士論文要旨,67,2009.