運動連鎖って何?
運動連鎖は、元々理学療法の用語ではなく、機械工学分野で用いられていた言葉です。
簡単に言うと、ある分節が動くことで相応して他の分節が動くという事です。
当時の理学療法は部位ごとに捉える傾向が強かったようで、例えば大腿四頭筋が弱ければレッグエクステンション!のように、部位単一でアプローチするのが主流でした。
しかし、機械工学の運動連鎖を理学療法に応用したことで、それまでの理学療法が一新されたのです。
人間の体はそれぞれが独立して動いているのではなく、連動していると言うこと。
体全体を一つの剛体として捉え、ある部位で関節運動が起こると、その運動の影響が他の部位に波及すると言う考え方です。
体のどの部位においても、必ずどこかに隣接しています。
また、筋肉を覆う筋膜も全身繋がっていますし、それを覆う皮膚も途切れているところはありません。この運動連鎖という概念を持って患者様の治療にあたることで、より人間の動きに適応したアプローチが可能になります。
C K C(閉鎖運動連鎖)、O K C(開放運動連鎖)
運動連鎖を考える上で、C K C、O K Cの違いを理解してなければなりません。
色々な定義が存在し、未だ議論が熟されていないところではありますが、筋の起始と停止の関係から考えると良いと思います。
足関節の背屈を考えたとき、爪先を持ち上げるように背屈運動をすると前脛骨筋の停止が起始に近づくような動きになります。この状態をO K Cと言います。
一方、しゃがみ動作の動きを考えると、足は固定されたまま下腿が前傾し、結果的に足関節が背屈しているように見えます。
このように筋の起始が停止に近づく動きをC K Cと言います。
また、双方比較すると、末端部が自由に動く状態をO K C、末端が固定された状態をC K Cと考えることもできます。
股関節の役割と変形性股関節症のおさらい
股関節は大きな可動域、そして多方向への可動性が求められ、更に、下肢と骨盤体を繋がり非常に重要な関節となっています。
しっかりとした状態で荷重を受け、その力を伝搬させていく運動連鎖の中枢と言っても過言ではないでしょう。
この重要な股関節が変形性股関節症を患った場合、歩行障害や日常生活動作への支障が顕著に現れます。
変形性股関節症を簡単におさらいすると、原因が明らかでない一次性、何らかの原因によって起こる二次性に分けられます。
関節軟骨の変性に始まり、次第に関節裂隙狭小化、骨硬化、骨棘形成などが見られます。関節軟骨には痛みのセンサーがないので、初期症状として限局した疼痛が見られず、診断が難しいとされます。
関節軟骨の変性が進行すると、軟骨が徐々に薄くなり、関節裂隙が狭小化していきます。この期になると疼痛が著しく、歩行障害を伴いますが、痛みを堪えながら歩けるレベルであることが多いです。これが進行していくと、大腿骨頭が外上方に亜脱臼し、脚長差異常、可動域制限が顕著に見られるようになります。
変形性股関節症の治療としては、保存療法と手術療法に分けられ、高度な変性や変形をきたした股関節は人工関節全置換術(T H A)を行うことがあります。
変形性股関節症患者の負の運動連鎖
正常な運動連鎖では、骨盤を後傾させると、腰椎後弯、股関節屈曲外旋、膝関節屈曲、足関節回外を伴い、骨盤を前傾させるとそれぞれ反対の動きになります。
しかし、変形性股関節症の患者の場合、骨盤、腰椎の運動連鎖に破綻が生じてしまいます。骨盤前傾タイプ、後傾タイプに分け、そのメカニズムを見ていきましょう。
骨盤前傾タイプ
二次性の変形性股関節症に多いタイプです。
これは変形していく股関節を守るように働いている防衛機序である見方が強いです。
大腿骨頭は球状に対し、臼蓋は半球状になっており、臼蓋の後面は深く、前面は浅い作りになっています。骨模型を見ると一目瞭然です。
この解剖学的特徴から、骨盤を前傾させると大腿骨頭に対する臼蓋の被覆率が高まり、骨盤を後傾すると被覆率が低下することがわかります。臼蓋形成不全などの被覆率が低い症例の場合、非常に不安定な構造となっています。
筋肉などを過剰に使うことで代償することはできますが、無駄なエネルギーを消費してしまいます。そこで、骨盤を前傾させることで、被覆率を高め、股関節の安定性を得ようとしていることが考えられます。
骨盤後傾タイプ
一次性の変形性股関節症の方に多いタイプです。
これは加齢に伴う姿勢の変化の影響と考えられています。年齢を重ねると腰椎が後弯する方が多いです。
腰椎の後弯は骨盤を後傾させ、膝関節を屈曲させます。加齢に伴う脊柱の変化による運動連鎖の結果、腰椎後弯パターンが完成するのです。
どちらのタイプに関しても運動連鎖が悪いというわけではなく、これに慢性的な疼痛、同一運動パターンの固定が悪影響をもたらします。それにより、股関節、骨盤、腰椎の柔軟性が低下し、異常な姿勢や運動連鎖が定着してしまうのです。
異常歩行 トレンデレンブルグ、デュシェンヌ
ともに中殿筋筋力低下による跛行で、変形性股関節症の患者の多くが呈する異常歩行です。
この異常歩行を見て中殿筋を鍛えると言ったプログラムを立案することも多いです。
しかし、O K C、つまり側臥位で股関節外転運動を行なってもほとんど意味がありません。
実は骨盤アライメントと中殿筋に密接な影響があることがわかっています。立位による片脚立位時の中殿筋の筋電図を、骨盤前傾位、後傾位それぞれ測定した実験があります。
結果、骨盤を前傾させた状態で片脚立ちを行うと中殿筋の活動が低下し、後傾させると増加したのです。ということは、骨盤前傾タイプの症例にいくらO K Cで中殿筋を鍛えたところで、立位や歩行などのC K Cの場面では効果がないということです。中殿筋を鍛える前に骨盤のアライメントを修正する必要があるのです。
単関節筋の重要性
単関節筋は股関節を安定させるための欠かせない筋です。
慢性的な疼痛や異常動作が続くと、二関節筋が優位になり、関節に過度な負担が強いられます。例えば股関節外転筋である中殿筋の弱化を大腿筋膜張筋が代償することは臨床上よく見かけます。
二関節筋が優位になると単関節筋の使用頻度が減少し、単関節筋の筋力低下をもたらす悪循環に陥ります。単関節筋がしっかり機能することで、股関節を守り、安定させ、効率の良い動きが可能になるのです。
運動連鎖を考慮した理学療法
ではどのようなアプローチが良いか、一部紹介します。
股関節柔軟性改善
大腿直筋やハムストリングスなどの二関節筋の柔軟性改善に向けた取り組みが必要です。
大きな関節運動に疼痛を伴う場合は、筋膜リリースやホールドリラックスなどを利用すると効果的です。
単関節筋(深層外旋筋群)機能改善
単関節筋の機能改善により、股関節の安定性向上、二関節筋の筋緊張緩和に繋がります。
単関節筋は非常に繊細なトレーニングが必要です。大きく激しい運動は二関節筋が優位に働いてしまうからです。
方法としては背臥位で両膝を屈曲させ、非常に弱いチューブを膝に取り付けます。
これをむやみに広げる運動は効果がありません。わずかに広げようとしたときに筋収縮が起こります。深層外旋筋の筋収縮の感覚を指導し、丁寧な運動が不可欠です。
運動連鎖を目的としたトレーニング
各関節の硬さが改善され、筋収縮が促されても、運動が学習されておらず、自動化されてければ動作につながりません。
股関節、骨盤、腰椎を連動させたトレーニングが必要となります。具体的には座位で骨盤前傾運動に合わせた腰椎の前弯(反対の運動も)、立位であれば体幹側屈に合わせた骨盤の側方シフトなどが挙げられます。
しっかりとした運動連鎖をなるべく多くのバリエーションでトレーニングすると効果的です。
まとめ
運動連鎖とは、ある関節の動きが他の関節に波及して動くことを言います。
骨盤を後傾させると、腰椎後弯、股関節屈曲外旋、膝関節屈曲、足関節回外を伴い、骨盤を前傾させるとそれぞれ反対の動きになります。変形性股関節症は骨盤前傾パターン、後傾パターンがありますが、どちらも腰椎、骨盤、股関節が硬くなり、連鎖のパターンに異常が生じてしまいます。
その異常を改善すべく、①股関節柔軟性改善、②単関節筋機能改善、③運動連鎖トレーニングを挙げました。
いずれにしても変性疾患は進行性のものです。運動連鎖が破綻した状態であれば進行も早いですが、正常な運動連鎖を導き出すことで進行を遅らせる、疼痛を低下させることができます。運動連鎖に着目して、患者様をハッピーにしましょう。
(参考文献)多関節運動連鎖から見た変形性関節症の保存療法 出版 全日本病院出版社