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発達障害児の小学校生活【体験談】

発達障害児の小学校生活【体験談】

ここでご紹介する内容は、全ての学校での配慮ではなくあくまでも一個人の経験です。
しかし、個々の学校で配慮や工夫がなされています。
交流学級と支援学級、学校とのお付き合いをお伝えできればと思います。

特別支援学級と交流学級

小学校へ入学すると同時に、通っていた療育は終了となり放課後デイサービスへ移行することになりました。
特別支援学級に在籍することを希望し決定となった我が息子は、交流学級と支援学級を行き来しながら学校で過ごすことになりました。
そして、私が仕事を続けるために放課後は学童保育も利用しました。
保育園・幼稚園から大きな環境の変化を迎え、子どもにとっても、親御さんにも不安が大きい時期でしょう。

登校班と異学年との交流にまつわるあれこれ

登校には、近隣の地区で登校班になって待ち合わせ場所で待機してからの登校に付き添う必要があり、朝の忙しい時間に束縛されます。どの親にも送り出し当番がありました。
地域によって違いますが、横断歩道の旗ふり当番や通学路の見守り当番がある学校もあります。
朝の出勤時間が気になり、私には非常に苦痛でした。
そのために職場に掛け合って、出勤時間を調整する必要もありました。
登校班に息子だけ行かせると周囲に迷惑をかけそうで仕方がなく、小学四年生までは付き添い登校をしましたし、教室での授業の準備の手伝いなども必要でした。
皆と同じペースで行動することが極端に難しい場合は、登校班に入らない選択肢もあります。段階を追って、周囲に合わせて行動する自制心が必要になる時期に、時間を守ることを学ぶタイミングで参加したりすればよいと考えます。
人が多い場所が苦手であったり、パニックになるお子さんの場合は、登校班を無理強いせずに、学校や所属する親御さんとの話し合いを適宜していく必要もあるでしょう。
親が登校に付き添うメリットは、高学年の登校班の班長さんや周囲に迷惑をかけないことや、子供を見守れるため、登校班の内部でのトラブルを避けることができました。
私は同じ登校班の親御さんに、「息子が支援学級に在籍していて、注意が散漫になるから迷惑をかけることがあるかもしれない」と、お付き合いのある親御さんへはカミングアウトして、息子にも注意をしてやってくださいと頼みました。
見た目には障害があるとわからないため、周囲の理解が必要だと考えたからです。

交流学級と支援学級のママ友付き合い

交流学級での同級生のママ友付き合いはほぼ皆無で、子供同士の行き来も学校外ではありませんでした。発達の遅れが明らかにあるので、家に遊びにくることも少ないです。
その反面、特別支援学級でのママ友付き合いは、「お互いに大変だから」という共通する思いが根底にあるためか、雰囲気が和やかで楽でした。
我が子よりも少し年上の親御さんに、卒業後の進路のことを聞くのはすごく参考になります。
知的障害のレベルによって、進学の方向性が大きく違い、地域の学校の特色なども聞くことができました。
また、少し年上のお子さんの成長の度合いを見ながら、来年はわが子がこれくらいできればいいなという見通しが立てやすくなりました。
交流学級でも支援学級でも、どんな人付き合いでも言えることですが、依存しないことは大事です。
その距離感は、実際にお付き合いしないとわからないことも多いですが、兄弟児関係でのお付き合いも起こりえるので、上手に節度ある距離を保つことが大切です。
学校との連絡をしやすいように、また、子供たちの様子が見えるように、学校行事にも積極的に参加しておくこともおすすめします。

PTAの委員会はどうする?

人によって考え方も違いますが、私は面倒なことは先に済ませたいタイプでした。
いつかは回ってくるであろうPTAを、あえて執行部に立候補しました。
学校に行く機会が多いことで、子どもが低学年の間に親の姿が学校にあること、先生との交流も増えるから、風通しよく子どもを見守れることでのメリットは大きかったです。
ただし、PTAそのものも楽ではありませんので、無理なく負担の少ない委員を無難にやり過ごすのがよいと思います。
障害児の親でもPTAの執行部をしたのだから、他の人もできるだろうという声が上がることも気になりましたが、あくまでもケースバイケースとして理解されてほしいです。
ただ、先生と歩み寄れるメリットは大きく、子供に問題が起こった場合に相談をしやすかったことは確かでした。

インクルーシブ教育と言われている昨今の現実

交流学級での子供の様子

学校により対応が分かれると思いますが、支援学級に在籍したからということで、全く普通通学級と交流がないわけではなく、体育や音楽などは一緒に授業を受けました。
 担任の先生の力量や指導にもよりますが、低学年から支援学級にいる子が授業を一緒に受けることが、違和感なくできるのはとてもよいと思いました。
 息子をサポートしようとしてくれて、手伝いの度が過ぎるゆえに喧嘩になることもあったようですが、私はほほえましいと思いました。
先生が必要に応じて「手伝いすぎだから見守ってあげて」と声をかけて、適宜対応してくれるのを、お任せしました。
いじめではないので、過剰反応することもせず、息子に対してお友達から不快なときは注意してあげることもお願いしました。
親の言うことより、友達や先生の言われる方がスムーズに応じることもあり、年齢とともに人の言うことを聞く耳を持たせたいと考えています。
小学1年の時は、まだ多動が目立って落ち着いて授業を聞いていることができず、途中で廊下に走り出してしまうこともありました。先生は無理に追いかけたりすることもなく、周りの子もそれをあることとして受け止めてくれていました。大人よりも周囲の友達の方が自然にサポートしてくれ、私が特別なお願いをすることなく、クラスの雰囲気で温かく迎えてくれていたことをうれしく思いました。
小学3年生の終わるころには、多動も落ち着いてきて授業を最後まで座っていられるようになりました。高学年になっても、座ってはいますが、頭を書いたり体を掻いたりそわそわしています。
交流学級の先生にお話しして、周囲から不快な時は注意してもらい、親の言うことよりも友達や先生の注意は親が言うよりもむしろ効果があり、委ねています。
周囲からの見た目を気にするようになると、自分の行動を治す意識も芽生えます。
クラス替えになっても、サポートする子はしてくれますし、遠巻きに見ている子は見ています。
交流学級と特別支援学級が併設されていると、程よい距離感で対応をしてもらえることがありがたいと感じています。

学校に持って行く文具のあれこれ

いわゆる不器用で力加減が難しい子供さんは、頻繁に鉛筆の芯が折れたり、筆圧が高すぎたり、消しゴムがちぎれたりします。
我が子は、小学校3年生くらいになってもズボンの膝が破れたり、傘をすぐに壊してしまうことがありました。
小学校に入学するときに、支援学級の担任へ文具のことを聞いてみました。
筆圧が高く字を小さな字を描くことができないので、2Bの太めの三角鉛筆を勧められて使いました。
三角鉛筆は、入学前に療育で鉛筆の練習でも使っていました。
特殊な鉛筆ですが、大きな文具店やインターネットでの購入が可能です。
消しゴムも力が入りすぎて、ちぎれてしまうことが多く何度となく買い替えますので、支援学級の先生にお勧めのものを聞いて、消しゴムカバーがアーチ形になっていて、短くなるたびにケースのミシン目をちぎることができるものを使いました。これも大手の文具店で購入しました。
高学年になると、文具やかばんにも好みがはっきりしてくるので、だんだん本人と相談して買う方が満足してくれます。
中学になると鉛筆では嫌だと言うこともあると思いますので、文具コーナーで種類をよく見て情報収集しておくとよいと思います。

運動会や音楽会の行事

普段の授業と違う場面は、やはり緊張して落ち着かないことは多々ありました。
運動会では交流学級の枠で参加するのですが、徒競走で先生が付き添って走ってくれたり、傍にいて声掛けをしてくれるなど配慮が丁寧で、パニックで泣き出すこともなく無事に終えました。
運動やダンスを覚えるのに、健常児さんよりも時間がかかりますが、運動会当日には我が子がどこにいるかわからないほど、集団行動も自然になっていきました。
先生や友達が、覚えるまで丁寧に練習を繰りかえしてくれたようでした。
音楽会は2年に1回催されましたが、日ごろの音楽の授業で楽器を演奏しました。
鍵盤ハーモニカは呼吸と鍵盤を押さえることが難しかったので、先生が時間をかけてキーボードで練習をさせてくれました。高学年になってからは、リコーダーの演奏をしましたが、指の位置がしっかり見えると間違わずに吹くことができました。
運動会や音楽会など、ダンスや楽器の演奏をする日頃と違った場面は、多くの人や多くの音にパニックになる心配がありましたが、先生のサポートがあることで無事に乗り切ることができました。
そうして、行事を無事にクリアしていくことで、成功体験や自己肯定感が育ち、自信になっていきました。
交流学級の友達が配慮してくれたり、息子ができたときに褒めてくれたり、温かい場面を目にするたびに、親として嬉しく思いました。

支援学級のことをみんなどうとらえているの?

交流学級での支援学級での障害にたいする理解は

交流学級でわが子の障害を理解してもらうのに、人権の授業の中で支援学級の子どもたちがどんなふうに勉強をしているのか、動画で紹介する機会を設けてくださいました。
支援学級にいるお友達ひとりひとりの紹介ビデオという形で、時間割がどんなふうになっているのか、そしてその子がどんなお勉強をしていて、何が得意なのかをひとりひとりを数分にまとめ、かわいらしい仕上がりにまとまっていました。
得意なことを紹介する場面では、ボール投げや絵を描くこと、家庭科でミシンを踏んでいるところ、パソコンの練習をしているところなど、様々な側面を紹介され、新鮮な印象でした。
その授業後に生徒のアンケート、コメントをまとめられたものが配られました。
「支援学級でのお勉強の仕方がよくわかった。」「お友達がこんなことできるのを知らなくて驚いた。」
「もっと支援学級のお友達のことが知りたい」など、子どもの目線で自然な興味関心を持ってくれ、交流が深まるように、先生が配慮してくれました。

子供同士の小さなトラブルは?

我が子にも、交流学級でも支援学級でも小さなトラブルはありました。
交流学級だけじゃなく、支援学級の担任の先生や支援員さんの複数の大人の目があるので、早めに気づいてもらえます。
 支援学級であったトラブルでは、高学年のとき、転校生が支援学級に入ってきました。やはり最初は馴染めないので先生を困らせることがありました。
それに対し、息子を含めた周囲は先生を守ろうとしてその子を攻撃しました。
正義のつもりなので、してはいけないと理解できるまで時間がかかりました。先生が丁寧に説明して止めさせてくれました。
このような子供同士のトラブルが起こったとき、支援学級の親同士、先生と日頃から顔を合わせていると神経質にならずにすみました。
顔を見て話せば、「ああ、なるほど」と、すぐに理解でき、見守る姿勢でいることも必要でした。
転校生が学校に馴染み、その子と我が子が校庭でボール遊びを楽しそうにしている姿を見て自然に落ち着いたと安心しました。
 交流学級であったことでは、息子が「I君とケンカになる」と悔しそうに話すので、先生が気にして電話連絡をくれました。先生のお話だとI君は支援学級の子によく手伝いをしてくれるけど、おせっかいが過ぎて、構われたくないことからケンカになっていると聞きました。それを聞いて、子供同士の小さな親切からだと思うと、ほほえましく感じ「その都度対応していただけるのでしたら、よろしくお願いします」とお任せすることにしました。
 息子は授業中に歩き回ることはないものの、自分の席で落ち着きがなく、アトピーの体をがりがりかいたり、鼻の穴に指を入れたりすることがあって不潔な印象を与えるらしく女子が嫌がるそうでした。この件については、お友達から直接息子へ注意してあげるようにしてほしいと話しました。反抗期になると、親が注意するより、先生や友達の言うことを聞く場合もあるからです。そうすると、友達が親切心で教えてあげるように息子に注意してくれています。

まとめ

筆者の息子は、いじめなどの大きなトラブルに合うことなく6年間が過ぎました。
特別支援学級から、支援学校の中等部へ進学する子、地元の中学の支援学級へ進む子とそれぞれ分かれていきます。思春期に入り自己主張も強くなってきて、これまでと違う課題もいろいろと見えきます。
小学校の6年間は支援学級だけでなく、健常児さんとのやり取りの中で、見て学ぶことや自分自身の居場所をどう見つけるか、社会性で学ぶことの多い時期だったと思います。
子供の力を信じ、先生にゆだね、親育てもしてもらった6年間でした。

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