前十字靱帯損傷のリハビリテーション
整形外科に勤めているセラピストであれば、頻繁に経験する疾患であると思われます。
リハビリの進め方は、クリニカルパスやガイドラインに沿って行っていくのが基本となるでしょう。
今回は、前十字靱帯の解剖学からリハビリの基礎についてお話していきます。
概要
前十字靱帯(ACL)とは、膝関節の中央にあり、脛骨が前方にずれるのを防ぐ役割をしています。
そのため、前十字靱帯を損傷すると、膝関節に不安定性が生じる事になります。
また、半月板や軟骨の損傷を合併する事もあります。
解剖
前十字靱帯は、脛骨の前顆間区の内側部(内側顆の上関節面に接して)から起こり、後外方に上ってやや拡がりながら大腿骨外側顆の顆間窩に向かう面の後部で軟骨との境につきます。
症状
前十字靱帯損傷時の症状としては、膝がぐらぐらする・膝に力が入らない・膝が完全に伸びない・正座ができない・スポーツ時に何度も膝を外してしまう・膝の腫脹と熱感などが挙げられます。
日常生活に大きな支障をきたさない方も居ますが、ジャンプや着地、ダッシュやストップなど急激な運動を行った際、膝崩れによる転倒を引き起こす可能性が高いです。
診断
前十字靱帯損傷の診断については、膝関節周囲の熱感や痛み、腫脹などの視診。
また、整形外科テストやMRIなどの画像から判断します。
ガイドラインの中でも、一番推奨されているのが、画像による診断です。
画像による診断は98.8%と正確で、もっとも正確性が高いです。
セラピストでも可能な整形外科テストは以下にまとめます。
前方引き出しテスト
方法:
実施肢位は仰臥位で、股関節45°膝関節90°に屈曲させ、膝を立てた状態にします。
検者は、足を固定し、両手で膝の後ろを覆うように掴み、親指を脛骨粗面に置きます。
膝を掴んだ両手を前方へと誘導します。
対側よりも前方への移動が大きければ陽性。
ラックマンテスト
方法:
実施肢位は仰臥位で、検者は膝の上を持ち、膝を20-30°曲げた状態にします。
もう片方の手で膝の下を持ち親指は脛骨粗面に。
膝上を固定し、脛骨粗面を前方へと引き出します。
対側よりも前方へ引き出されたら陽性。
ピボットシフトテスト
方法:
実施肢位は仰臥位。
検者は、足首と膝を持ち、足首を持っている方の手で、脚を内旋させながら、膝を曲げていきます。
同時に、反対の手で膝を内側に押し、さらに内旋させます。
膝を30-40°曲げたところで、膝がガクッと亜脱臼していた状態から元の位置に戻ったら陽性。
※このテストの中でも、ラックマンテストが一番正確です。
感度は85%、特異度は94%と高く、確定診断にも使用可能です。
治療方法
前十字靱帯損傷に対しての治療としては、手術療法と保存療法があります。
ほとんどの場合、手術療法が適応となり、強く勧められています。
手術内容
術式は、主に関節鏡視下前十字靱帯再建術・ハムストリングスを用いた解剖学的二重束再建術・長方形骨付き膝蓋腱を用いた解剖学的再建術があります。
目的:失われた前十字靱帯の機能を再建するために、(1)自分の腱の移植による靱帯の再建、(2)半月板の損傷が合併している場合、その縫合または部分切除を行います。
損傷した半月板については、その温存を図るため、関節鏡視下縫合術をできるだけ行います。
しかし、縫合しても治る見込みのない損傷の場合には部分的に切除を行います。手術による傷は、膝の周囲に3-6㎝の皮膚切開が必要となります。
また、関節鏡の刺入などのため、1㎝程度の傷が数カ所必要となります。
保存療法
保存療法では、主として膝周囲の筋力強化方法と安全な膝の使い方の指導が中心になります。
また、明らかな外傷が無くとも、半月板損傷や関節軟骨損傷をきたすことが多く、将来的に変形性膝関節症に進行する可能性があります。
前十字靱帯損傷のリハビリテーション
前十字靱帯損傷に対するリハビリテーションは、術前と術後、保存療法に対して行います。
術前のリハビリテーション
- 膝をしっかり伸ばすことができる
- 膝をしっかり曲げることができる
- 膝を動かす筋力を落とさないようにする。
上記の事を手術前にしっかりと行う必要があります。
術前のリハビリは主にベッド上での介入が中心となります。
内容としては、足首・足趾の運動、膝関節・膝蓋骨の可動域訓練、大腿四頭筋の筋力増強訓練です。
上記の事を実施し、循環不全・拘縮予防を図り、術後の早期回復のための筋力維持を行います。
術後のリハビリテーション
術後-1週間
主に、術後2日目より機能訓練室でのリハビリが可能となります。
この時期は、装具を装着した状態で、術創部やその周囲の痛みに注意してリハビリを行います。
また、再建した腱の断裂や損傷、緩まないよう負荷の軽いメニューから行っていきます。
内容としては、足関節底背屈運動・体幹筋トレーニング、ブリッジトレーニング・足挙げトレーニングが中心で、活動低下による循環不全の予防や筋力低下の予防に努めます。
術後1週間-2週間
この時期では、リハビリ時には装具を外し、膝関節の可動域訓練や膝関節周囲筋の筋力強化を図っていきます。
可動域訓練では、まず90°を目指し、痛みに注意して訓練を行います。筋力トレーニングでは、膝下にタオルや枕を置き、それをつぶす事で、大腿四頭筋の筋力トレーニングとなります。
また、術後の炎症が残存している場合が多いため、訓練後に術創部周囲や膝関節に熱感を伴う事があります。そのため、訓練後は積極的にアイシングを行っていきましょう。
術後2週間-3週間
この時期のリハビリでは、膝関節の可動域訓練だけでなく、部分荷重での歩行訓練や階段昇降が加わっていきます。
膝関節可動域訓練では、135°を目標に訓練を進めていきます。
歩行訓練は主に平行棒や松葉杖等を使用し、荷重がかかりすぎないよう注意しながら行います。
階段昇降訓練は、手すりを使用し、術側に負担がかかりすぎないよう指導していく必要があります。
術後3週間-4週間
この時期でのリハビリでは、装具を外した状態での荷重訓練が開始されます。また、筋力トレーニングでは、チューブなどを使用し、負荷を上げていく時期でもあります。
チューブを使用しての膝伸展運動では、いきなりフルで行うと、再建した靱帯に対し過負荷となりやすいため、45°程度の制限を設け、2-3週ごとに角度を調節し、12週を目安に行っていきます。
また、チューブを巻く位置は、膝下にしましょう。
遠位に巻いてしまうと、過負荷となり、再建した靱帯に負担が掛かりやすいです。
荷重をかけたトレーニングでは、膝が内側へ向かないよう注意しながら行いましょう。
膝が内側に向いてしまうと、再建した靱帯に負担がかかり、再断裂のリスクが高まります。
術後4週間-5週間
この時期のリハビリでは、装具を外し全荷重での歩行訓練が開始されます。
術後5週間-3ヶ月
この時期のリハビリは、スクワットトレーニングやランジトレーニング(フォワードランジ・サイドランジ)などさらに負荷を掛けたトレーニングを開始していきます。
術後3ヶ月以降
この時期から、ランニングやジャンプなどを開始していきます。
スポーツ動作トレーニングは主に5ヶ月以降から開始し、6ヶ月以降から復帰を目標にしていきます。
保存療法のリハビリテーション
保存療法の場合、自宅での筋力トレーニング指導や動作指導を行います。
内容としては、負荷の軽い膝周囲筋力増強訓練から開始し、医師と相談しつつ、徐々に負荷を上げていきます。
動作指導では、ランニングやジャンプなどの急激な運動を制限し、膝が内側に入らないよう、立ち上がりや階段昇降の指導を行っていきます。
おわりに
前十字靱帯損傷は日常生活にこそ多大な支障を来す事は少ないですが、スポーツ選手にとっては、長期離脱となり、これまで通りに復帰するには長期間を有します。
再建術を施行した場合のリハビリで怖いのは、断裂と緩みです。
特に怖いのが緩みで、スポーツ選手の場合、パフォーマンスへの影響が強く、さらには将来的に変形性膝関節症のリスクを高めてしまいます。
緩くなった場合、その場では分かりづらく、数年後に支障を来す事があるため、注意が必要です。
(参考文献)
分担解剖学
前十字靱帯損傷 ガイドライン
基礎運動学
ビジュアル整形リハ 整形外科リハビリテーション